守るつもりだった。
でも、
その配慮では守れないことがある。
「持病のある人は、
遠慮なく申し出てください」
誠実な言葉です。
善意のある対応です。
しかし、
その配慮は届いていないかもしれない。
1.薬の副作用は、本人も気づけない「見えないリスク」だ
なぜ「言ってくれれば対応する」では守れないのか。
答えは医学的に明確です。
薬の副作用による脱水・発汗抑制は、
本人にも自覚症状がないからです。
具体的には——
糖尿病治療薬(SGLT2阻害薬など)
血糖を尿として排出する際、
同時に大量の水分も強制的に失われる。
本人が「渇いていない」と感じても、
体内の水分は減り続けている。
高血圧の降圧剤(利尿薬など)
血圧を下げるために
尿量を増やして体内の水分を減らす。
服薬中は常に脱水しやすい状態にある。
精神・神経系の薬(抗精神病薬・抗うつ薬など)
自律神経に作用するため、
発汗機能そのものが抑制される。
体温が上昇しても汗が出ない。
本人が「いつも通り」と感じたまま、
体は「脱水しやすい」「熱がこもりやすい」状態に
静かに作り替えられています。
本人が気づかないリスクは、
本人から申告されることはない。
「言ってくれれば対応する」という仕組みは、
見えないリスクに対して完全に無力なのです。
2.申告しない理由は「隠蔽」ではない
「なぜ言ってくれなかったのか」
事故の後、よく出てくる言葉です。
しかし、申告しない理由は
悪意でも怠慢でもありません。
・薬と熱中症リスクの関連を知らなかった
・「これくらいで大げさだ」と思った
・「配置を変えられたくない」という不安があった
・「迷惑をかけたくない」という遠慮があった
・「前回は大丈夫だったから今回も」と判断した
・そもそも自分がリスク状態だと気づいていなかった
これらはすべて、
人間として自然な行動特性です。
問題は、
そうした人間の行動を前提にせず、
申告してくれることを
安全管理の起点にしてしまっていることです。
申告しない人を責めても、
次の事故は防げない。
設計を変えなければ、
同じことが繰り返されます。
3.配慮の気持ちを、届く仕組みに変換する
必要なのは、
配慮する気持ちではなく、
配慮が確実に届く仕組みです。
具体的には——
① 情報を取りに行く設計
夏季作業前の健康確認票に
「現在服薬中の薬がある場合は記載」の欄を設ける。
本人が「申告すべきか迷う」状況をなくす。
② 知識を共有する設計
「この薬を飲んでいると熱中症リスクが上がる」という
情報を、作業員全員に事前に伝える。
本人が自分のリスクに気づける環境を作る。
③ 情報を配置に反映する設計
服薬情報・年齢・健康診断の結果を組み合わせ、
ハイリスク者を暑熱環境の最前線から外す
配置基準を明文化する。
④ 申告しやすい文化を作る設計
「申告すると配置が変わる」ではなく、
「申告することで適切な役割に就ける」という
メッセージを組織として発信する。
これらは「気持ちの問題」ではありません。
組織として整備すべき構造の問題です。
4.「知らなかった」は、もはや免責にならない
安全配慮義務とは何か。
それは、
「危険があることを知っていたら対応する」
という義務ではありません。
「危険を知るべき立場にある者が、
合理的な手段で危険を把握し、
回避するための措置を講じる義務」です。
つまり——
本人から申告がなかったから知らなかった。
だから対応できなかった。
この論理は、
安全配慮義務の観点から
免責にはなりません。
服薬による熱中症リスクの増大は、
医学的に広く知られた事実です。
その事実を知った上で、
確認する仕組みを持たなかった組織は、
「知るべきだったのに知らなかった」
という責任から逃れられません。
5.見直すべきは人ではなく、設計だ
事故が起きたとき、
「なぜ申告しなかったのか」と
本人を問い詰めることは簡単です。
しかし、
本当に問い直すべきはここです。
・組織として服薬情報を確認する仕組みはあったか
・本人がリスクに気づけるだけの情報を提供していたか
・申告しやすい環境と文化を整備していたか
・ハイリスク者を配置から除外する基準が存在したか
これらがなければ、
どれだけ「配慮するつもり」があっても、
配慮は届きません。
あなたの現場では今、
持病・服薬の確認を
本人の申告に任せていないでしょうか。
それとも、
組織が能動的に情報を取りに行き、
その情報を配置設計に反映する
仕組みが存在するでしょうか。
必要なのは、
配慮する気持ちではなく、
配慮が必ず届く仕組み。
見直すべきは、
人ではなく設計です。

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