「着けているだけ」は、一番危険な状態だ
安全帯(墜落制止用器具)は、「着けていれば安全」ではない。
むしろ、ルールだからと盲目的に装着し、
安心しきっている状態が最も危ない。
緩すぎる腿ベルト。
ねじれたランヤード。
「とりあえず着けている」状態は、
墜落時に内臓を破壊し、
血流を止め、
身体を守るどころか凶器にすらなり得る。
事故が起きたとき、我々はよく口にする。
「あいつは装着方法が適当だった」と。
しかし、本当に個人の不注意が原因だろうか。
そのフック、本当に「そこ」でいいのか
取付け位置の選定も同じだ。足元にフックを掛ければ、
落下距離は長くなり、衝撃は倍増する。
最悪の場合、強度が足りず器具ごと外れるリスクもある。
日々の点検を怠れば、
劣化した繊維はあっさりと千切れる。
「なぜ、もっと高い位置に掛けなかったのか」
「なぜ、使用前に点検しなかったのか」
作業員を責めるのは簡単だ。
だが、現場に「適切な掛渡設備」は最初から設計されていたか。
朝礼で「互いの装着状態をチェックする仕組み」は存在したか。
知識と技術を個人任せにしている現場は、
遅かれ早かれ事故を起こす。
命を守る道具は、仕組みで管理する
正しい知識と、現場で使える技術。それらがあってこそ、安全帯は“命を守る道具”になる。
しかし、その知識と技術を担保するのは、
作業員個人の「意識」ではない。
組織が作り上げる「構造」だ。
誰がフックを掛けても安全な設備を設計する。
点検不良の器具は物理的に持ち出せないようにする。
正しい装着をしなければ作業に入れないプロセスを組む。
安全は「気をつけろ」という言葉では作れない。
エラーを許容しない環境設計によってのみ作られる。
高所作業の安全。
あなたの現場は、まだ「個人の努力」に依存していませんか?

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